~果林の増血の特効薬は焼け石に水…しかも材料を使い果たして二度と作れないと言う…その晩、フリードリヒ・マーカーと言う外国人と出会った雨水は古代の文献から見つかったという武器の描かれたイラストのコピーを渡される。しかし、翌日、不覚にも果林は妖魅の手に落ち、そして雨水にも絶体絶命の危機が迫る…!!
~流血5 究極の選択
「うわああああああああああああ!!」
妖魅の喚び出した異形の触手に巻かれ身動きの取れない雨水はコンクリートの地面目掛けて叩き付けられた。
「ぐはああっ…」
幸運にも頭を叩き付けられるような事にはならずに済んだものの、それでも身体を強打したため一瞬息が詰まりそうになった。
「はぁ…はぁ…こいつ…じわじわ痛めつけてから殺そうというのか…」
だが、ぎっちりと巻き付かれた触手を解く事はさすがに難しい…また頭上まで抱え上げられて…
その時、コウモリの大群が異形に襲いかかった!!
キィキィキィ!!
その瞬間、異形の触手の力が若干弛んだのを見計らって雨水はまるでうなぎのようにするりと触手から抜け出した。
「助かった。」
そこには大きめのコウモリの背中に乗って飛んできた杏樹と、直後に一目散に飛びついたエルダの姿が。遅れてヘンリーとカレラもやって来た。
「真紅のおじさん、それにおばさんまで…」
「果林は?果林はどこだね?少年くん!!」
だが、雨水はそれに答える事が出来なかった。
「無理よ。お姉ちゃん、もう、この辺りにはいないみたいだもの。」
「…まったく…これだから人間は…」
憮然とするカレラだが、多少なりとも息が切れてるところを見ると、どうやら大分大急ぎで飛んできたらしい。
「それにしてもおじさんたち、こんな真っ昼間に出歩いて大丈夫なんですか?」
自分よりも果林の両親の方を気遣うのはさすが雨水と言ったところ。
「大丈夫だ。今は広間だが、思ったより太陽の光は届いてはいないみたいなのでな。」
それどころか昼なお暗い、と言った方が正しいだろう。
「ほんと。曇り空と言うには余りにも太陽がでてなさ過ぎるわ。」
妖魅が放った手下共がエルダに返り討ちにされてる間、雨水はヘンリーに抱えられカレラや杏樹と共に真紅家の大広間まで逃げ延びるのだった…
「…しかし、よく平気でしたね、いくら曇り空と言っても。」
杏樹に手当をして貰いながら雨水はヘンリーやカレラ達の心配をしていた。
「別に曇り空と言っても、ヤツらが作ったものだ。並の曇り空よりはよっぽど夜に近いわ。」
そう言うとヘンリーはソファに深々と腰を下ろした。
「ヤツらとて闇の眷属。日の当たる場所よりは闇夜に近い方が自分たちも動きやすいのだよ。」
「それにしても良く生きてたわね。大分コンクリの地面に叩き付けられただろうに。」
意外にもカレラの口から雨水の身を案じる言葉が出た。
「真紅のおばさん…」
が、
「にぃい?」
と物凄い形相で睨まれたのだ。いくら三白眼で目つきが悪いと言っても、感情まで入ってる訳ではないのでこれはやむなし と言ったところなのであろう。それどころかむしろ今は雨水の方が凄まれている。なまじの三白眼では目力の入った吸血鬼の睨め付けになぞ適うはずもない。
「…ところで雨水くんや。」
「はい?」
急に口調の変わったヘンリーに妙な迫力を感じる雨水。
『少年くんは果林が連れ去られている時、果林の事を名前で呼んでいたそうだが。』
ツッコむところはそこかいorz
『もし今回の事で果林の身に何かあったら記憶を消すどころでは済まないと思うんだな。』
ひいいいいいい。また妙に迫力あるなあ。今日のおやじさんは…
「あ、そうだ、それで思い出したんですけど…」
急に話題をそらし何とか緊張を解きほぐそうとする雨水。
「なんで妖魅のヤツはこんな昼なお暗い天気にしてしまったんでしょうか。あんた達吸血鬼に太陽が苦手だと言うことくらいはヤツらだって知ってるはずなのに…」
「うむ。いいところに気が付いた。少年よ。」
…またころころ態度が変わるオッサンだな…
「君も聞いたと思うが、ヤツら妖魅も闇の眷属。はっきり言ってヤツらも太陽が隠れている時の方が都合がいいからだよ。」
「都合がいい?」
「知っての通り、人間は太陽の下で生活する生き物だから闇を大いに嫌う。それは何故か判るかね?」
「…恐怖…ですか?」
ヘンリーは落ち着き払って続ける。
「人間は暗くなると己が身の防衛衝動から恐怖を感じ取り明るい場所を求める。それは暗いところには自分たちではどうしようも出来ないものが潜む事を本能的に感じ取っているからなのだ。
例えば君は昼の公園と、夜の公園とではどちらが安心するかね?」
「そりゃあ、昼ですけど…」
「うむ。では同じ昼間でも曇りの日とではどうかね?」
「…やっぱり太陽がある方が。なんか、安心出来ますから。」
「そこなのだよ、少年くん。
人間は周囲が少しでも暗くなると不安を感じる。それは天候が変わる事を感じて風雨を凌ぎたいからかもしれない。明るいところで落ち着くというのは光の下では自分たちの安全が取り敢えず確保されてるという『絶対の信頼』があるからなのだ。
だが、周囲が暗くなれば人間達は視界が狭くなり、目の前のものですらはっきりと見る事は困難になる。夜目に慣れてきたとしても、周囲に対する警戒心から恐怖と不安は増大し、ちょっとした物音にも怯えるようになる。それは周囲への反応が低下した事による自らに対する過剰なまでの防衛衝動の増加にも繋がる。
そしてそこにあるのは『いつ、自分の命が奪われるかも知れない』と言う事に対する本能的な恐怖、それはそう言った者達は常に闇の中に住まう事を彼等は本能的に察しているからなのだよ。
そう言った『人間の天敵』と言える存在の多くが闇の眷属には山程いる。
そしてヤツらにとっては人間の恐怖の感情がとてつもなく、この上ない美味に感じられる。
だからヤツらは闇を纏う。我々のように特に光は苦手としてなどおらぬにも拘わらず、だ。
判るかね?少年くん。」
なるほど…ヘンリーの言う通りである。
「確かに…怪奇ものとか伝奇ものとかの物語でも魔物や妖怪は昼間にも出歩いて行動しますからね。」
「そう言う事だ。
それならば話は一目瞭然だろう。
ヤツらはこの地上から光を奪う事で人間達の不安と恐怖を増大させ、それを己の糧としておるのだ。一石二鳥という訳だよ。」
「じゃあ、真紅が…果林さんがヤツらに攫われた理由は何なんですか?」
「…判らぬ…」
「はあ?」
「それが一向に判らぬのだよ…吸血鬼の中でも落ちこぼれの果林を何故ヤツらが必要としていたのか…それが判らんのだ…」
「妖魅共の親玉と、果林に何の関係が…」
「それは多分…『生贄』だ。」
いつの間にか煉が家に戻っていた。
「煉兄さん…」
「ヤツらの後をこっそりつけて調べてみたんだが、コウモリがヘンなものを見つけたんだ。あの妖魅の女は俺たちの知らない果林の写真を持っていた。それがいつ、ヤツの手元に入ったのかは知らないが、そのせいで果林が生贄に選ばれたという訳みたいだ。」
「生贄だって?それじゃあ、あいつらは真紅の命でその『盟主』とやらを蘇らせるつもりなのか?」
雨水が激怒する。
「ああ。その力でこの地に封じられている『主』ってのを喚び起こそうと言うんだろう。」
「そんな事になったら…」
「ヤツらに楯突いた儂等だけでなく恐らく…」
「ヴァンパイア一族全部が根絶やしにされるだろうねえ…」
「それって…絶望じゃねえかよ…」
人間と共存を図ろうと動き始めた吸血鬼一族の未来がこんな事で奪われる…
「冗談じゃない…果林だってここにいる真紅家のみんなにだって生きる権利が、居場所があるんだ…それを奪おうなんて絶対…絶対…」
「あああっ、また『果林』って呼び捨てにした。」
こんな時に心配性の父親に戻るなよ…
その時、雨水のカバンに入っていた紙筒にエルダが気付いた。
「…ちょっと、坊や、これ、なんなんだい?」
その紙筒を開けて中身を見る。
「ああ、それは古代史の研究をしてるって言う外国の学生さんが…」
そのコピーを見たエルダは一瞬、目が輝いた。
「こ、これは…!!」
なんなんだ、このはしゃぎようは…
「うんうん。こいつがあればあの妖魅もその『盟主』ってやつも一網打尽だよ。やったね。」
「か、かあさん、その紙に何が…?」
はしゃぐエルダが気になってヘンリーが聞く。
「そうだよ。『滅びの早馬』。これさえあれば。」
『滅びの早馬』?
「だからそれがどうかしたんですの?お母様。」
カレラも半ば呆れ気味で問いただす。
「よくお聞き、ここに書かれてる絵は何と、『魔界より生み出されその後、人間の手に渡った武器』の一覧なんだよ。」
「それがどうかしたんですか?お母様。」
カレラの問いに嬉々として答えるエルダ。
「よくぞ聞いてくれました!!ここに描かれた一連の武器は、魔界の王、アルフレッドが名匠アスクレピオスに命じて作らせた『神殺し』と呼ばれる超強力な武器ばかりなんだよ。
『深界の剣』『冥府の覇弓』『魂殺し(ソウルブレイカー)』『命袈の帳』『滅びの早馬』…どれも人間の魂を対価に敵を確実に討ち滅ぼす稀代の名装備ばかりなんだよ。」
げっ!!なんてもん寄越したんだ、あのフリードリヒ・マーカーって野郎は…
「人間の魂を対価に?」
ヘンリーが訝しむ。
「ああ、そうさ。使い手がそうだったり、使い手以外に生贄が必要だったりするものあるが、どの武器も使ったら最後、相手を確実に滅ぼせる、そんな武器なんだよ。もっとも、使うに当たっては『勇者』と呼ばれる人間の魂がいるけどね。
中でもこの『滅びの早馬』ってヤツは別格でねえ。使ったヤツの存在までも消し去ってしまうとんでもないものなんだよ。」
…ちょっと待てよ…これって…
「おじさん、これ借ります!!」
「ああ、雨水少年。どこへ…」
雨水は急いで学校に駆け込むと、前日の写真が貼られたニュースを検索した。そして、『盟主』であろう謎の影に突き刺さってる剣の柄の形をコピーと見比べるとはっきりとそれがコピーに描かれた『滅びの早馬』と同一のものである事を確認した。
「…なんてこった…じゃあ、これを使ったヤツって言うのは…」
「どうしようもない未熟者だった、って言う事さ。」
そこにはエルダが立っていた。
「真紅のばあさん!!」
「こいつは一応は使ったならどんなヘボでもダメージは与えられる。けど、相手を完全に滅ぼすにはそれ相当の魂の人間でないと犬死に、って事なのさ。おそらく、こいつを使ったのは剣士だろうと僧侶だろうとまだ完全にその魂を窮めてもいないぺーぺーの半端者だったんだよ。
けど、そいつのおかげで果林が生贄に選ばれた…
その責任はあんたが取るんだよ、人間の代表として!!」
「…待てよ…こいつを使ったらそいつの記憶はおろか存在も、魂も消えちまうんだろ?」
「けど、果林は助かる。」
「それじゃあ俺に真紅を残したまま消えろと言うのか?!!」
「その方が果林のためさ。」
「でももし、俺が妖魅を退治しきれなかったら…」
「もちろん、犬死にだねえ。
けど、誰かがこれを使わないと今度こそ果林を助ける事は出来ない。
その為の犠牲になるのも悪くないと思うけどねえ…」
「俺が消える事で真紅が救われる…」
けど、それじゃ真紅は…
「俺が消えて真紅を助けるか…真紅を犠牲にして生き延びるか…できねえ!!俺にはどっちもできねえよ!!」
苦悩し、その場に膝を突く雨水。
「ここに来ていよいよツケが回ったな、ガキ。」
「お兄ちゃん、究極の選択 って言う事みたい。」
くそっ…真紅を犠牲にして妖魅を斃したとしても俺が後味悪い…多分、一生後悔する事になる…って言うかその前に俺が八つ裂きにされる…かと言って、俺がいなくなっても果たして今のままで真紅が幸せになれるかどうか…
「あ、言い忘れたけど、他の武器持って来るにしても最低4日はかかるだろうねえ。その間、果林の命が保つかねえ…」
くそっ、俺がこんな事考えていたら真紅は今頃…
「…俺がやるしかないのか…?」
選ぶ事の出来ない二者択一を迫られ雨水の苦悩は頂点に達した…雨水は果林が落としていった「特効薬」の入ったタブレットを握りしめ。悔し涙に胸が詰まる思いがしていた…
つづく
次回
流血6~決意の最終決戦 へ