■第1章 地獄の底から蘇る
「…昨日のあれは何だったんだろう…」
勝は昨日、自分たちが見た新型機の戦闘風景を見た時に感じていた奇妙な違和感がずうっと気になっていた。それは勝がオーナーを務める神姫 アーンヴァルも感じていたものだったからだ。
勝の神姫は前述の通り、厳密には市販機ではない。
アーンヴァルのロールアウトは2031年であり、神姫バトルのスタートも同年より開始されている。だが、このアーンヴァルは勝が神姫バトルを始める1ヶ月ほど前に、行方不明の父 高橋和典名義の宅配便でストラーフと同梱された状態で贈られてきた物である。製造年月日はロールアウト以前の2020年のものとなっており、明らかに開発用に作られたプロトタイプである事を物語っていた。しかし、同封されていた登録コードは通常発売の一般型と同じように登録可能であり、このアーンがプロトタイプである事を感じさせないようになっていた。
それでもこのアーンは実に強かった。トレーニングとオフィシャルバトルを交互に行っているにも拘わらず、実戦感覚が殆ど低下しないままで次々と並み居る熟練の神姫達を次々撃破していったのだった。
実はこのアーンが強いのには理由があった。
一般販売型の神姫や、神姫センターでのバトル登録の初回登録時にセンターから配布されているGroup K2社製のGK06N1忍者型神姫「フブキ」に同梱されているコアユニット「CSC」は、普通はルビー・サファイア・エメラルド・トパーズの4つだが、アーンとストラに同梱されていたCSCはムーンストーン、ダイヤモンド、ブラックオパール、キャッツアイという、いずれも神姫ショップとかでしか手に入らないようなレアものであり、一般販売分には付属していないのが通常だった。その為、トレーニング成功時の経験値の上昇率も一般の神姫とは比べものにならないほど高く、この機体がそれらを使って様々なテストを繰り返してきた事を如実に物語っていた。言うなれば最初から反則的に強くなる素質を持ち合わせていた訳である。事実、勝がセンターから貰ったフブキタイプは、アーンやストラと比べると平均的な市販型神姫の成長度しか示していない。だが、それ以外にも勝がアーンに愛着を持つ理由があったため、必然的にアーンとのコミュニケーションはどの神姫以上にも深いものになっていった。
アーンのセンスの良さはそのCSCの性能の良さの賜物であり、同時に人間で言うと非常に優れた勘の良さも持ち合わせていた。
つまりは、勝のアーンにはこの2体が持っていた「何か」に気付けるだけの素養を持っていた訳である。ましてやアーンと勝には見えない絆があり、それは自分が持っている他の神姫とも違うものであると同時に、バトルに集う他のマスターと彼等の神姫達の繋がり以上のものであった。言うなればほぼ一心同体とも言える。
「…何か…人の奥底から滲み出てくる言うな感情にも似た…」
「『執念』…とでも言うものでしょうか?」
それに気付いたのは勝とアーン…彼等以外には別に参戦していた試験機 フォートブラッグくらいであったろう…
とにかく、ジュビジーとジルダリアの戦闘力は空恐ろしいものがあった。アーンは携帯型に改造されたクレイドルの中で背筋が寒くなるような思いに囚われていた…
勝はフブキタイプを3体持っていた。1体は本来自分がセンターから配布されたもの、もう1体はクラスの同級生から譲り受けたものである。その同級生はただのフィギュアコレクターであったことから神姫バトル自体には一切興味がなかった。彼はその時点で既にオークションで2体のフブキタイプを手に入れており、初めての参戦であっさり止めてしまったのである。この時が勝が神姫バトルに興味を持った切っ掛けの出来事であり、その為に勝はバトル初参戦時に一挙に2体のフブキタイプを手に入れることになったわけである。
もう1体はそのフブキタイプ2体がいずれも初期不良の連発だった事からGroup K2社からお詫びにと直々に贈られてきた物である。同時にサポートに出した先の2体はその改良型と同じボディに取り替えられており、不具合も一切なくなった。勝はそのフブキタイプにそれぞれ、「かすみ」「はるか」「ひかり」と言う名を与えていた。他にも何種類かの神姫は入手していて機体数自体は現在は10体と、そう少なくもないが一般的な神姫オーナーと同じくらいの数は持っている。しかし、やはり勝にはアーンが一番しっくり来るらしく、バトルへの参戦数も畢竟、彼女がずば抜けて多かった。
更に言うと実は勝はアーンとストラを神姫バトルに慣れた頃に追加購入している。修理時に参戦する為のサブ機体としてなのだが、もちろん、父の名義で送られてきたプロトタイプとの比較目的もあった。その機体には個別の名前を与えてある。が、父名義で送られてきた方の機体にはどちらも「アーン」「ストラ」としか呼び慣わしていなかった。恐らく開発に携わっていた父への敬意も込めての事であろう。そして勝は学校には決まってアーンをクレイドルに入れて持参してきているのだった。このクレイドルは前方部分をキャノピーで覆うように改造したもので、アーンはこの携帯型クレイドルの中で勝に付き添ってきていた。
一番勝と付き合いの長いアーンには、勝の不安にも近い心の動きが手に取るように判っていた。アーンは勝の事を「マスター」とは呼ばない。もっとも、最初の頃は「マスター」であったが、今はそうは呼ばずに勝自身が希望した「勝さん」と呼んでいる。
「勝さんはあの新型が気になるみたいですが…」
「…うん…父さんの死と関係でもあるのかと…あのバカみたいに高すぎる攻撃力…アーンとはまた違う反則的な高性能…」
「…私、そんなに反則的ですか?」
「アーンは特別なタイプだから気にしなくて良いよ。むしろ市販機のくせにバカみたいな攻撃力を持つあの新型の方が疑問だ…特にジュビジーのスキル攻撃はマジ反則的だ…」
家に帰って机に突っ伏すと、勝の顔の横にクレイドルから飛び出してきたアーンがすがりついた。同時に、マスターの帰宅に気付いたもうひとつのプロトプロット…ストラがむっくりと起きてきた。
「あ、アーン、マスター、お帰り。」
ストラは勝を未だに「マスター」と呼んでいる。アーンに比べると格段に親密度が低いせいもあるが、勝が呼び方を変えようとしていない事も原因の1つだった。ストラはアーンにまとわりつくようにちょっかいを入れようとしたが、アーンが勝の心境に気を遣ったためそれは見事にかすられた。
「…父さんはなんで神姫の開発に拘ったんだろう…そりゃあ、神姫バトルは楽しいんだけどさ…」
父の真意を今一つかめないまま、今日出された宿題の事さえも頭からすっぽり抜け落ちた勝はそのまましばらく机の上でうたた寝をしていた。かすみや他のフブキタイプらも起き出してきたが、アーンがそっとしておくように言ったため、一同は温和しくその場を見守る事にした。そしてアーンの口から昨日の事が語られるとストラ達は銘々に自分の意見を出し合い、新型に対する見聞を深めて今後の対策に臨むのであった…
続く