[ 2007/11/30 22:03 ]
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こんな朝早くから学校のコミュニケーションルームにはもう何人か来ていた。後ろ姿しか見えていなくても誰が誰かはすぐに判る。勝はボブカットの少女の後ろに陣取り、コンピューターにクレイドルを接続した。アーンのプログラムが起動し、画面内のステージに姿が現れる。
途端に誰かが叫ぶ。
「来たかあ、勝ううっ!!」
その声に驚く訳でもなく、少女は後ろを向く。
「おはよ、勝。」
「おはよ、りお。」
勝は少女の呼びかけに応える。
彼女、小林りお は勝と同じクラスの委員長である。ただ、そのボブカットと、毅然とした態度がどこぞの戦災復興部隊の少尉を彷彿させるため、彼女は勝以外には「少尉」と呼ばれている。勝がタメ口を聞いているのは家が近所という事と、同じ様に神姫開発に関わる仕事を親がしていたから と言う理由からである。ただし、りおの父親は現在でも研究所で働いている最前線の開発員である。
「負けないからね。って言いたい所だけど、今は手が離せないの。紅緒、やっこさんは現れた?」
りおは自分の愛機、紅緒に呼びかける。この紅緒は父親からの誕生日プレゼントで、もう1体の神姫、サイフォスと一緒にもらった物だ。さらに言うと、これは量産機ではあるが、誕生日プレゼント用にカスタマイズした物であり、市販の紅緒よりは顔が丸っこく作り替えられている。
『いえ、まだ現れません。代わりに別の相手が挑んできていますが。』
「当人以外はお断りよ。そう相手に伝えて。」
『委細承知。』
この学校内での神姫コミュニケーションはチャットではなく、神姫同士の会話という形となっている。マスターは神姫に伝えたい内容を話す。すると神姫のAIプログラムが会話の内容を判断し、マスターの了解を得て相手神姫に通信を取る。と言う形になっているのだ。このシステムは一般用ではなく、元々学校にあった音声入力試験機を改造して作ったオリジナルのシステムである。
「で、りおが待っている相手って?」
「とうさん。」
「は?」
「お父さん。うちのお父さんよ。今日発売の新しい神姫のルーチンプログラムのテストを兼ねて新型の神姫で対戦する事になってるの。」
「ふーん。あ、そうだ、サイフォスは持って来ないのか?」
「あの子は特別。何てったってサイフォスはあたしの分身みたいな子だもの。」
「確かにね…自分の声サンプリングして載っけてるマスターって珍しいからなあ…」
そうこうしているうちに見た事のない武装機体が現れた。背中に背負った巨大な砲身が高い攻撃力を感じさせる。
勝は事の成り行きをその場に任せる事にしてクレイドルで待機中のアーンに呼びかけた。
「アーン、今日の対戦要求は何名だ?」
『…多いですね…158名の対戦希望者がいますが。』
「多すぎだっつーの。今日はいつも通り5名制限にしようぜ。で、誰にする?」
『…うーん、新型はパスしましょう。今日の対戦希望者はみんながみんなと言っていいほど新型での参戦者ばかりですし。それで行くと残るのは、ツガル3名とハウリンとマオチャオ、ストラーフが2名と紅緒です。紅緒は…』
「あ、言わんでも判ってる。りおだろ。マスターは。」
『はい。その通りです。あ、マオチャオが1体、こちらに駆けてきます。』
勝は知った顔のヤツかもと思った。念のために聞いてみる。
「そいつの名前はなんて登録されている?」
『えーっと、【ぬこ】ですね。』
「…今日死のうか…orz…」
『はい。マスターは三ツ木恭史郎さんです。』
三ツ木恭史郎は勝の席から斜め左の前側に陣取っていた。彼はクラスの問題児であり、神姫バトルを始める以前はたびたび自殺騒ぎを起こしていた。その為あだ名が「今日死のう」になったのである。
『やったあ!!50連勝達成だよ(^。^)』
『良かったですね。おめでとうございます。』
『と言う訳で51連勝目のイケニエになってもらうにゃ。』
「…やっぱりそう来たか…orz…」
『早速、覚悟だにゃ!!』
「待て!!何かあったみたいだ…」
教室内では大きなどよめきが起こっていた。新型の神姫が圧倒的な戦闘力で並み居る神姫を悉く撃破していってるのである。しかもマスターが全員と言っていいほど新規参入したばかりのルーキーマスター達ばかりだったのである。
その神姫の名はジュビジー、ジルダリア。
その2体を戦いを止めてまで凝視していた者が幾名かいた…気勢を殺がれたマオチャオ【ぬこ】とアーン、紅緒と戦っていた謎の新型機も同様にその姿を凝視していた…それが図らずも戦いの予感であった事にはこの時はまだ誰も気付いてはいなかった…
第1章に続く…